高麗人参の選び方 -健康増進支援サイト

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高麗人参の深い歴史

漢方の王様といわれる高麗人参はウコギ科の多年草植物です。
日本では別名でオタネニンジン(御種人参)、朝鮮人参とも呼ばれます。

主な産地は中国の遼東半島から朝鮮半島にかけての地域、そして中国東北部やロシア沿海州にかけてです。
高麗人参は現在、栽培が可能ですが元々は深い山中にしか自生しない貴重な存在でした。
現在でも自生した天然物は栽培と比べて効能が強いため価値が高く、一本、数万円で取引される貴重品です。

高麗人参は現在の中国がある地域で2000年以上も前から万能薬として珍重されていた記録があり、とても歴史の深い漢方薬の素材です。

2000年前の文献に登場している高麗人参

高麗人参は2000年以上も前の、古代中国の文献に登場しています。
中国は4000年以上の歴史があるといわれていますが、高麗人参もそのくらい古い時代から存在し、珍重されていた、という説もあります。

約2000年前の文献に記されている記録によると、その当時すでに今とほとんど変わらない加工方法で漢方薬の素材として珍重されていました。

高麗人参は深い山中に自生しているため採取量は極めて少なく、時の権力者は多くの人員と労力を割き、高麗人参探しの山狩りを行なっていました。
中国の山中は野生の虎が出没することもあり、高麗人参探しはまさに命がけだったそうです。

古代中国において採取量が限られた高麗人参は王侯貴族にしか手に入らない貴重品でした。
中国で最初の統一国家を建設した秦の始皇帝も高麗人参の入手に熱心だった権力者の一人です。

大航海時代を経て世界へ広まる高麗人参

少なくとも2000年以上、一説には4000年くらいの歴史がある高麗人参ですが、その存在が世界に広まったのは大航海時代、つまり15世紀半ばごろです。
大航海時代に中国を訪れたフランスの航海士たちがフランスに持ち帰り、欧州にその存在が広まりました。
フランスの思想家であるルソー、ロシアの著名な文学家であるゴーリキーなどが常用したことで知られています。

日本に高麗人参が伝わったのは室町時代

日本に高麗人参が伝わったのは室町時代であるのが定説です。
室町時代は1400年代の前半のため欧州よりも早く伝わったことになります。
日本は当時、朝鮮を通じて中国から物流があったためその経路で伝わってきました。
朝鮮を経由した中国との取引はそれよりも数百年前からあり、高麗人参の伝来ももう少し古いという説もあります。
しかし一般的な輸入が始まり、日本でもメジャーな存在になったのは室町時代であるというのが定説です。
それ以前の日本では知る人ぞ知る幻の秘薬、のような存在だったのかもしれません。

日本で広まり栽培もされた高麗人参

室町時代以降、日本でもスーパーフードとして知られる存在となった高麗人参。
室町時代以降の日本は江戸時代までの200年間、内乱の時代が続き、ようやく国が安定するのは徳川将軍家による江戸幕府の成立からです。

高麗人参は徳川将軍家からも代々珍重されました。
初代将軍である徳川家康は大変な健康マニアで知られ、薬学の知識も当時のプロ並みでした。
家康が高麗人参を常食したという記録があり、8代目の将軍となる徳川吉宗は朝鮮人参の栽培を広く奨励し、国産の高麗人参の普及に尽力しました。
水戸黄門でお馴染みの水戸光圀は高麗人参の栽培と改良に苦心したという記録もあり、徳川将軍家と高麗人参は深い関わりがあります。

高麗人参は本来、深い山中に自生する存在です。
そのため畑で栽培するための品種改良は困難でした。
畑で育ち、天然の高麗人参と遜色のない効能を含有した高麗人参を栽培するのはとても難しく、日本では18世紀ごろ品種改良が進み、試行錯誤の末、国産の高麗人参が誕生しました。
しかし現在でも市場に流通している高麗人参の7割は中国と韓国で栽培されているものです。
栽培が可能になった現在でも高麗人参は収穫まで4 〜6年の歳月がかかります。
そのため現在でも希少価値の高い存在であることに変わりはありません。